第12章 成人期の発達:中年期危機とジェネラティビティ
12-1. 中年期危機
12-1-1. 成人期の見方の変化
従来の発達モデルでは、青年期から成人初期にかけて成熟し、成人期は安定不変の時期とみなされる傾向にあった
実際には社会的責任が増し、関わり合う世界が広がるにつれ様々な危機的出来事に遭遇しやすくなる
心身の不調も表面化
雇用の流動化
離婚の増加
長命化による親の介護問題
12-1-2. 成人期の発達モデル
アメリカ人男性へのインタビューを通して成人期の発達の詳細な区分を試みた
生活構造という観点から前期、中期、後期の3つに分け、各段階に生活構造を築き、安定させる時期と、生活構造を見直し、修正する移行期が交互に訪れるとした
後に女性を対象としたインタビューも実施し、おおむね同じ発達段階をたどるとしながらも、男性が仕事中心の生活設計をするのに対し、女性は仕事と家庭のはざまで葛藤状態を経験しやすいと述べている(Levinson, 1996)
レヴィンソンの階段モデルに対して、岡本(1994; 2007)はアイデンティティの発達に着目し、らせんモデルを提示した
https://gyazo.com/e565c693cc07e85fe87e579bc41bdfd3
成人期を成人初期、中年前期、中年後期、定年退職期に分け、中年前期と定年退職期においてアイデンティティの危機が訪れやすいとした
岡本のモデルは危機と安定が交互に訪れるという点ではレヴィンソンのモデルと共通しているが、発達の道筋を一つに限定していない店で適用範囲が広い
12-1-3. 中年期危機は存在するか
アイデンティティの危機は中年期に訪れやすいことから呼ばれる
危機は必ずしも中年期に限定されるものではないとする意見もある(Lachman, 2004)
危機を引き起こしやすいライフイベントを経験する時期は人によって異なる
それらのライフイベントが保つ意味も人によって異なる可能性がある
神経質なパーソナリティの人はそうでない人よりも中年期危機を経験しやすい(Costa & McCrae, 1980)
子供の自立によって空の巣症候群に陥る人もいれば、逆に達成感を得て、将来の自由な生活への期待感を抱く人もいるという(Adelmann et al., 1989) 中年期に訪れやすいものの、その時期に限るものではないと考えたほうがよい
12-2. 親になること
12-2-1. 親になって得るもの、失うもの
1970年代ごろから結婚は基本的に個人の自由となり、子供も「授かる」ものから「つくる」ものへと変化した(柏木, 2008)
親となり、子を育てることの個人の発達への影響
柏木・若松(1994)は柔軟さ、自己抑制、運命・信仰の受容、視野の広がり、生き甲斐・存在感、自己の強さといった人格的側面の発達を明らかにした。
こうした人格的発達は一般に女性のほうが顕著であるものの、育児に積極的に関わる男性にも見られることがわかっている(Palkovitz, 2002; Snarey, 1993)
育児の主な担い手となる女性は時間的・経済的自由、友人との付き合い、職業的キャリアの喪失や制限のほか、個人としてのアイデンティティのゆらぎも経験しやすい(岡本, 1996; 徳田, 2002; 柏木, 2008)
子育ては「思い通りにいかない子供」だけでなく、「思い通りにならない自分」との折り合いをつけていく過程でもある(氏家, 1999)
苛立ちや不安、落ち込みといった否定的感情は子育て中の親の多くが経験するものだが、夫婦間のサポートが低い場合や、親が社会的に孤立している場合はより一層強くなるという(松田, 2001; 山根, 2013)
否定的感情が慢性化すると、抑うつや虐待へとつながる可能性もあるため、注意が必要である(菅原, 1999)
12-2-2. 親役割の変化
個人と同様、家族にもライフサイクルがある(Carter & McGolrick, 1980; 岡本, 2005) 12-3. 夫婦関係
12-3-1. 夫婦関係の長期化
アメリカでは比較的早くから夫婦関係の研究が進められていたが、日本での研究は立ち遅れ、1990年代にようやく始まった(伊藤, 2015)
夫婦よりも親子関係を重視する文化や、夫婦の問題は特殊・個別なものとみなす考え方があったとされる(柏木・平山, 2003)
子供の発達には母親だけでなく、父親を含む家族全体がシステムとして関わっているという見方が広まったことも関係しているだろう(Sameroff, 1994)
平均寿命が伸びたこと、少子化に伴い子育て期間が短縮したことにより、夫婦二人きりで過ごす時間が長くなった
子どものいる女性のライフサイクルには新たに子育て解放期が登場した
12-3-2. 結婚満足度の経年的変化
親役割への移行はそれまでの大人中心の生活を一変せざるを得ず、夫婦間の葛藤を高め(特に妻側の)結婚満足度を低下させやすい
一般に結婚生活から多くを得るのは女性より男性とされる
女性ではそうした結婚による健康への恩恵はあまり見られず、むしろ夫婦間葛藤の経験が心身の健康を損ないやすいことが示されている(伊藤, 2015) 12-3-3. 夫婦関係への対処
葛藤をどう捉え対処するかが関係のあり方を左右する
葛藤を避けるべきと考えている夫婦は、葛藤を不可避と考えている夫婦よりも、結婚満足度が低い(Crohan, 1992)
子育てから開放される中年期には、妻側の個人化(個人としての価値の実現)が進むが(永久・柏木, 2001)、それが互いを尊重した結果である場合と、夫婦関係が良好でないために戦略として取られる場合とがある(磯田, 2000)
後者の場合は、表面的な関係は維持されているものの、離婚の危機をはらんでいるという(伊藤・相良, 2013)
夫婦間の満足度を高める要因
コミュニケーション、共同活動、性交渉、安定した収入などが指摘されている(Cutrona, 1996; 伊藤ら, 2014; Yeh et al., 2006)
日本では夫の家事・育児への関与の影響も大きい
夫婦関係は子どもの適応にも影響する(Shelton & Harold, 2007)
12-4. 職業を通しての発達
12-4-1. 職業意識と満足度
働く目的の調査(内閣府, 2014)
お金を得るため 51%
生きがいを見つけるため 21.3%
社会の一員として務めを果たすため 14.7%
年齢別に見ると経済目的は若い層で多く、生きがい目的は60代以降で多い
ライフサイクルによって働く意義が変わっていく
下村(2013)が50代の常勤職の男女を対象にそれまでの職業生活の浮き沈みを振り返ってもらった
男性では30代にピークを迎え、40代で下降、その後は余り変化しない
女性は20代でささやかなピークを迎え、その後ゆるやかに下降するが50代で上昇に転ずる
20代から勤続している女性と途中で退職し再就職した女性のデータを分けて分析しても概ね同様の結果が得られる
働き続けることが自明となっている男性と、キャリアを中断縮小する可能性のある女性とでは、組織から期待される役割も異なり、働くことの意味が年とともに変わってくるのではないかと思われる
ただし、平均的な傾向であり、解答パターンには大きな個人差があった
12-4-2. 熟達化
IQに代表される学校的知能とは別のものとみなされている(Sternberg & Wagner, 1986)
単に経験を積めば伸びるというわけではなく、経験から何を学ぶかによって変わるため、個人差が大きいとされる(金井・楠見, 2012; 鈴木, 2008)
哲学者のショーン(Schon, 1983)は、様々な専門的職業人の研究を通して、彼らが単に既存の知識や技術を実践に適用しているだけでなく、自身の行為を省察し、実践を通して知識を生成する「省察的実践家」であることを見出した 各分野の熟達者は新しい局面に出会った時、それまでの知識や経験を活かして状況に働きかけるとともに、その行為を振り返り、自分の考えややり方を修正・調整することで絶えず知識の最新化を図っているという
こうした熟達化は領域固有的なものとされる
ある領域での熟達化は別の領域での熟達化を保証するものではない(鈴木, 2008)
長年続けている趣味やスポーツ、ボランティア活動などにおいても熟達化は生じ、中高年の有能感を支えていると言われる(高橋・波多野, 1990)
12-4-3. 多重役割とその影響
親、夫婦、職業人としての発達は相互に影響を与えあっている
多重役割を担うことの心理的影響については、正負双方の知見が見出されている(小泉, 1997)
先行研究の多くは女性を対象としており、男性の多重役割については余り検討されていない(土肥, 1999)
育児や介護に携わる男性が増える一方、働きすぎにより心身の病や過労死に至る男性が相変わらず多いことを考えると、仕事以外の側面での男性の発達についても詳らかにしていく必要があると思われる(大野, 2016)
12-5. ジェネラティビティとケア
エリクソンは「成熟した人間は必要とされることを必要とする」と述べ、成人期の発達課題を「ジェネラティビティ vs 停滞」と設定した ジェネレーションとクリエイティビティを組み合わせた造語
次世代を確立させ、導くことと定義される
次世代に伝える方法としては二種類
直接的に次世代に関わる方法
子育て、教育職場での後進育成など
次世代の幸福を目的として、何らかの生産的な活動(ボランティアや社会活動、芸術等)に携わる方法
マクアダムス(McAdams, 2006)によれば、ジェネラティビティの高い成人のライフストーリーには、悪い出来事が後によいことにつながるというプロットが共通して見られるという 次世代と関わる過程では様々な停滞も経験する
そうした停滞を一つずつ乗り越え、その人なりのやり方で次世代を導く、もしくは次世代に貢献することができたとき、ケアという力が獲得されるという(Erikson, & Erikson, 1997) ケア: 「これまで大切にしてきた人や物や観念の面倒を見ることへの、より広範な関与」 次世代との関わりだけでなく、夫婦関係や前世代との関わり(親の世話や介護)と密接に関連している
エリクソンのライフサイクル論では主に次世代に焦点を当てており、前世代に関する視点は弱かった(西平, 2014)
満足のいく介護・看取りができたとき、子育てと同じような人格的発達が生じることが示されている(渡邉・岡本, 2005)